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12歳で見つけた道を歩み続けるバスケットボールコーチ 大山妙子さん小学6年生の時には170センチあって一番大きかった。同学年でもひときわ目立つ。
天狗になるな、初心忘るべからず小学6年生の時には170センチあって一番大きかった。同学年でもひときわ目立つ。

中学から推薦で高校へとみっちりバスケットをされて、実業団JOMOへ入られて90年代はJOMO快勝の黄金期を築かれました。社会人チームでの活躍は夢でしたか?

そうですね。高校を卒業後は実業団のチームでやりたいなと。というのも、大学と実業団の力は差があるんです。私はバスケットボールで成績を残していたので、JOMOに声をかけていただいて卒業後は実業団入りしました。大学へ行ってしまうとつぶれてしまう人を自分でも見ていましたし、先輩からも聞いていましたので。それと、勉強することがあまり好きでなかったので(笑)、高校卒業後は自分の力を試したいと思い、迷わず実業団チームへ進みました。

12歳でバスケットと出会い、18歳で実業団を選ばれて。普通の女子中高生のようにお気楽に遊ぶ余裕が無かった分だけ、はやく大人になられたような。人生早回しというか。

そうですね、すべてはバスケットをしないかと声を掛けてくれた恩師との出会いが大きいです。バスケットを頑張ることで他のこともすべてついてきたように思います。

その恩師の先生が、進まれた中学校のバスケット部指導者でいらしたとか。具体的には、どんなふうにスカウトされたのですか。

小学校のスポーツテスト「走り幅跳び」でいい成績を収めたのを他校にいらした恩師・伊藤先生が聞きつけて、ある日家に電話をしてきてくださったのです。ちょうど中学校でバスケットボールの選手を育成したかったらしくて、私の場合は背も高かったので、ぜひということで。話を聞いた当初は全然興味もなかったのですが、たまたま近所でバスケットの大会があるのを観戦しにきてほしいというので、母と行ってみたのです。その時のことまったく覚えていないのですが、帰り道で「バスケットボールをやりたい!」と私が即決したらしいのです。引っ込み思案で、あまり自分の気持ちを表現しない私が、強く言うからには本当にやりたいんだな、と母は感じたらしいです。

今もその当時、胸を撃ち抜かれた実感がありますか。バスケットボールをプレイしている時が自分でいられるといったような。

それはありますね。もし伊藤先生に声をかけてもらっていなければ、私は今何をしていたのかな?と思うことも(笑)。大切にしてきた精神は、「天狗になるな」ということを両親にも言われてきました。どんな時も初心に戻ってプレイするようにしています。

小学6年生のミニバス時代。ゴール下からのシュートは当時から得意技。

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次回は、アーティストの門秀彦さんが登場。心を伝えるのは声や言葉だけでなく手話や絵、音楽などもあります。自由にのびのびとその楽しみを分かち合い、各地で繰り広げている門秀彦さんの創作活動に触れるとコミュニケーションの可能性は無限大と感じます。TALKING HANDSに込める意味、ご自身の子育てについてもお聞きしました。どうぞお楽しみに!

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