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日本食を海外へ広める料理研究家 山田玲子さん

日本食を海外へ広める料理研究家 山田玲子さん

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日本食を海外へ広める料理研究家 山田玲子さん

日本食を海外へ広める料理研究家 山田玲子さん

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日本食を海外へ広める料理研究家 山田玲子さん

山田 玲子 (やまだ れいこ)さん

フェリス女学院大学卒業後、1995年~浜田山の自宅にて料理教室「Salon de R」を主宰。小学生の国際交流の活動を通じ、食する事は人の輪なり・・と感じ「美味しい料理はあなたを想う温かい心から」をコンセプトに。「おいしい!」「すごい!」なんていうお褒めの言葉をエネルギーにして、マダムなおうちごはんを大笑いの中、無理なく楽しく大胆に調理!お料理とともにおもてなしのコーディネートから笑いの心意気まで伝授いたします企業の料理教室講師や、国内での出張料理教室、さらにはNYやHouston、韓国など海外でも定期的に料理教室を開催。食品会社のレシピ開発やケータリング、各種イベントにも対応。2002年家庭画報「とっておきのおかず大賞」審査委員特別賞受賞。 ≫ 山田玲子さん 公式サイトはこちら

朝5時から食堂のおばちゃんバイト体験

玲子さんのプロフィールを拝見しますと旅行会社にお勤めされていて、途中から食のお仕事へ。これは何がきっかけになってのことでしたか。

マダム対象クラス終了後の談笑風景。料理もおしゃべりも楽しい!

大学卒業後、大手旅行会社でツアーエスコートという仕事に就いていました。大卒女子の就職先が5社くらいしか募集のない時代で、どこも少ない枠に応募が殺到。大学卒業してすぐに「11歳からの国際活動 CISV」という今でいう留学のようなキャンプにリーダーとして参加し11歳の小学生4人と一緒にフィンランドへ1カ月行きました。英語も通じない、お米も研げない、誰も寿司の作り方など知らない…そんな状態でしたが一致団結してフィンランド人に日本食をふるまって食の交流をしたことが、とても楽しかった。「食することは人の輪をつくる」と感じて、料理を仕事にしたいと考えるようになりました。

1980年代前半の海外留学ってまだ誰もが行けるような時代ではなかったでしょうから貴重な体験になりましたね。帰国されてからはどんな修業を?

調理師の免許を取るには食の仕事に従事する経験2年以上が条件でした。OL生活の一方で勉強をするだけならともかくも実習体験となると難しい。ところが自宅近くに某大手企業の男性寮がありまして、ある日そこを通りかかると「朝5時~9時の調理パート募集」と張り紙が。自転車で5分くらいの近所でしたから、これは願ってもないチャンス!と思ってすぐに履歴書を書いて面談へ行きました。最初は「え、あなたが ……?」って感じで脈なしでしたが、何しろ朝5時から勤められる人がなかなか見つからない。電車も動いていない時間ですからね。それで結局「やってみますか?」という感じで採用されました。

朝5時からの調理パートを済ませて、着替えて渋谷まで通われていたという?すごいパワーでしたね。

それがいい経験になりました。調理パートといっても料理の段取りだけでなく食器洗いなど下働きが当然ありますし、寮なので半端なく人数もいます。何よりもいろいろな人生を背負って食堂で働くパートのおばさまたちには鍛えられました。「大根千切りにしてちょうだい」と大根10本くらい渡されて、一生懸命やっても「ねぇ、これって千切りって言うの?」と厳しく指導されたり、おばちゃん同士の色恋沙汰で1人の男性を巡って揉めていたり、当時20代の私にとっては信じられない別世界でした。でも時間が来るとOLでしたから、とにかく調理師試験を受験する資格がもらえるまで我慢して修行していました。

それにしてもファイティング・スピリッツ!実習期間2年経過して無事に調理師免許受験されました?

2年経過する頃にはパートとして採用してくださった担当者の方が「あなたがまさかまだ働いているとは思っていませんでした」なんて驚かれました。95年試験にめでたく合格、浜田山の自宅にて料理教室「Salon de R」を主宰し料理研究家としてスタートすることになりました。料理研究家は1000人いると言われる時代です。その中でどんな立ち位置で、食で何を伝えていけるのか。17年続けていますがいつも考えてい ます。

2011クリスマスのレシピ。美しいテーブルコーディネートも伝授。

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次回予告!

浦上秀樹さん

次回は、こころMoji artist 浦上秀樹さんが登場。21歳の時、筋肉が徐々に減少していく進行性の病気、遠位型ミオパチーを発症。感覚はあるものの体を動かせない状態にもかかわらず、2010年口に筆をくわえて書く「こころMoji」を始め、各メディアに取り上げられ一躍有名に。作品に込められた想いをじっくりお聞きしました。どうぞお楽しみに。

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