実力はもちろんですが、幼い頃から憧れの夢を実現されました。
4年間頑張ってダメだったら仕方ないから、その時考えようと。入団当初から一軍で活躍できるなんて思っていませんでしたから。
当時は江川卓さん、西本聖さんが投手陣を支えていました。
憧れて見ていた人たちと一緒に野球ができるくらいレベルアップしないといけませんから、4年という期間を決めた。
野球人生で数々のことを学ばれて、斎藤さんの息子さんにはどのような教育方針がおありですか?
ほとんど家にいないことが多かったので妻任せですね(笑)。
僕が20勝した時に長男が生まれ、2年後に次男が誕生。たまに帰るとやさしいことばかり言って何でも買ってあげるような。
ただ、僕が野球をしている姿は小さな頃から見てきたので、上の二人とも小学1年生から少年野球チームに入ってプレーしていました。
でも二人とも親父を超えられないと思ったのか、野球は中学まででした。
高校は自分の好きな道へ転向しました。
わが子をプロ野球選手にしたい!と思いませんでしたか?
僕がガンガン教えこんでいたら違ったかもしれませんが、入部したチームにお任せしていたので。キャッチボールすら一緒にする時間がありませんでしたから。
でも、数少ないオフの時は試合の応援に行って、ものすごく大きな声で興奮したりしていましたよ。見に行ってあげるとうれしいものですよね。
ただ、本人が野球をやりたい気持ち半分、やりたくない気持ち半分だった時に、押しつけるのはよくないなと思って、「自分の思うようにしたらいいんだぞ」と言ってあげました。
コーチとしての斎藤さんも、お父さんとしての斎藤さんも、どちらも同じなんですね。鉄拳をふるうようなことはなくて、見守るやさしさがあるというか。
基本的に同じですね。でも怒ると怖いと思っていますよ。俺を怒らせたら怖いんだと。
今まだ末っ子だけは自由に遊んでいますから、和みますね。
それでは習い事をさせている親御さんにメッセージをお願いします。
その子が好きなことを見つけられるのはすごく幸せなことです。
僕らの子ども時代は、そろばんか習字、ピアノくらいしか習い事ってありませんでしたが、今は選択肢もたくさんあります。
その子がやりたがっているものをやらせてあげるのが、いいのではないかと。
僕はリトルリーグで監督やコーチに教わったことがたくさんあります。
続けることの大切さとか、土日の練習だけでなくて、朝に走り込みをすること、
スコアブックのつけかた、人間関係や挨拶など。
僕の基礎はすべてリトルリーグにあります。
何か打ち込めるものがあるといいですよね。それがスポーツでなくたっていいんです。
好きなことってなかなか見つからないのかもしれませんけれど、何かを続けていく
ことって大切です。
---きょうは本当にありがとうございました!
私は野球にあまり詳しくありませんが、斎藤さんが名ピッチャーとして活躍されている頃、一球一球にドキドキしながらジャイアンツを応援していたのを覚えています。さほど変わらぬ同世代なのに、マウンドで勝負している斎藤さんがずいぶん大人びて見えたものです。
でも、あれから20年近く過ぎても若々しく温厚なお人柄はあの頃のまま。
奥様は川口高校野球部のマネージャーを務めていらしたとうかがって、斎藤さんの幸せオーラはきっとご家族に恵まれていらっしゃるのだなと強く感じました。
4歳の末っ子さんが野球の人生を選択されるのか?!
これからが楽しみですね。
<了>
取材・文/マザール あべみちこ