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ジャンルを超え美しい音色を奏でるピアニスト 小原孝さん

 ジャンルを超え美しい音色を奏でるピアニスト 小原孝さん

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 ジャンルを超え美しい音色を奏でるピアニスト 小原孝さん

小原 孝 (おばら たかし)さん

神奈川県川崎市生まれ。クラシックギタリストの父の影響を受けて6歳の頃よりピアノを始める。国立音楽大学大学院を首席で修了、クロイツアー賞受賞。大学を経て国立音楽大学大学院を首席で修了。終了後、本格的に音楽活動を始める。 1990年、CDデビュー以来30枚以上のソロアルバムをリリース。最新アルバムは「小原孝のピアノ詩集~SWEET MEMORIES~」(松本隆作品集)10月5日発売。全国各地でコンサート活動を行う他、多数のテレビ・ラジオへの出演。NHK-FM「弾き語りフォーユー」のパーソナリティーを担当。13年目に入り現在も好評放送中。8~9月には一昨年に続き、2度目となる教育テレビ(ETV)ピアノレッスン番組「あなたもアーティスト!小原孝のピアノでポップスを弾こう」講師を担当。奏楽堂日本歌曲コンクール優秀共演者賞を3度受賞、作曲部門「中田喜直賞」も受賞。 近年はソロ・伴奏の演奏活動に加えて舞台の演奏、音楽監督、作詞、作曲、編曲、歌手、音楽教育など様々な音楽活動にも力を入れピアノを自由に操るマルチピアニストとして活動。 さらに趣味で始めた水泳では第6回ベストスイマー賞を受賞。チャリティー活動も積極的に行う。現在 川崎市市民文化大使 尚美学園音楽大学客員教授 国立音楽大学非常勤講師 小原孝さん 公式ホームページはこちら

ギター教室を営む家で音楽に囲まれて育つ

小原さんのお父様はギタリストでいらしたと何かで読みました。音楽を楽しむ環境がもともとあったのですね。

父がギタリストでしたので、家はクラシックギターの教室を営んでいました。僕は3才違いの男ばかり3人兄弟の長男。兄弟ケンカも沢山しましたしドタバタな毎日でしたが、それぞれ皆楽器を習っていました。父は僕をギタリストにしたかったと思いますが、最初にピアノを習ってそのままピアノを続けてしまいました。隣の部屋でずっとギターの音を聴いていたせいか、気付いた時には絶対音感がありました。それで父は「音感があるならとりあえずピアノを習わせてみるか」…と。

それじゃエリート教育ですね。音楽の環境もご家庭で整っていらしたし。

僕の左手薬指は生まれつき曲がっているんです。だから、その指を使わずに演奏することを覚えた。指が動かないのですから、プロになるのは無理だね、と最初から言われていました。ですから、練習していかなくても叱られなかったんです。ハンデがあっても、いくらでも演奏するやり方は見つかります。自分がそうだから、僕はピアノを上手に弾けない人へ教えることは、とても上手。

とてもポジティブに捉えてらっしゃいますが、小さな頃からその指だけが動かなくて思いつめたりしたことは?

あまり真面目に練習していなかったので(笑)。うまく弾けなくても怒られないし「動かない指があってラッキー!」みたいに考えていました。ピアノを習い始めると必ず毎週宿題が出ますよね。僕は課題曲が大嫌いでしたから、どうしたかというと、家では一度も練習しないで先生の前で集中して一度うまく弾ければ合格、そうやってずっと乗り越えてきていました。あとは、自分の弾きたい曲を自由に弾いていた。今考えるとそれが即興の練習になっていたような…。

中学受験をされて付属中へ入学されましたが、ピアノをずっと続けてこられたのですか?

自宅が音楽教室でしたが小学3年生になって塾へ通い始めてから、ピアノを習うのはやめてしまったのです。たまたま第一志望の受験校の傍に国立音大付属中学もあって、ついでに願書をもらっておくか、というノリで。受験日も1日ずれているし、ソナタを1曲弾けばいいだけなら…と受験しました。見事、第一志望に滑って、ついでに受けたほうが合格。そこからのレッスンは先生探しから始まって大変でした。もちろん他の生徒は受験のために課題曲を弾けるように猛練習して入学していましたから。僕がピアノちゃんとレッスンを始めたのは中学入学してから。入学した当時は80名のうち2名男子、もう一人の男子は超優等生でしたが、僕は一番の劣等生でした。

クラシックギターの教室を営む家庭で、常に音楽が身近な環境で育った。

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