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哲学者・ジャズピアニスト 土屋賢二さん哲学者・ジャズピアニスト 土屋賢二さん
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哲学者・ジャズピアニスト
土屋賢二 (つちやけんじ) さん
http://www008.upp.so-net.ne.jp/kenji/
1944年岡山県生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。現在、お茶の水女子大学教授(哲学)。
著書に「われ笑う、ゆえにわれあり」「棚から哲学」「簡単に断れない。」「ツチヤの口車」(文芸春秋)、
「ツチヤ学部長の弁明」(講談社)、「ツチヤ教授の哲学講義」(岩波書店)など多数。
すでに10歳にして忍者を目指し、12歳の若さで早くも挫折。
以来、大学に入るまで、フルート、トランペット、木琴、早起き、皆勤、性格改善に挫折。
大学に入ると、麻雀のかたわら、映画鑑賞、新聞購読、二足歩行、養分摂取、物品購入、無断欠席、
テニス部退部、運動不足などに忙しい毎日を送り、人間形成の基礎を築いたが、理解者が現れず、
ずっと人間関係に苦しみ続けている。
苦し紛れに雑文を書き始めたが、文章の基礎はまだ築いていない。文章の理解者も現れていない。
(書籍より抜粋)
家事育児をする父、お琴の師匠の母がいる家庭環境
先生の本やコラムは電車の中で読むと笑いが止まらず大変です。
人とは違うユニークな物事の捉え方ができるのは、子どもの頃から相当
おもしろかったのではと思いますが……(笑)

ひょうきんな子でしたね。
小学4年生頃がクラスの人気投票で一番で、人生の華でした(笑)。
給食の時、僕が好きなマーガリンがでると、たくさんの女の子がこぞって
「土屋くんにあげる」とくれました。
昼休みの時間に、毎日先生に指名されて創作童話(作り話)を発表していました。
準備をして臨めばいいのですが、準備が嫌いで、いつも出たとこ勝負。
その場で作りながら話していました。文章を書くのは苦手で大嫌いでしたけど。

ご家庭で親御さんの影響を受けられたのでしょうか?
父は商売をしておりまして、母は琴を教えていて、父母共に小学校しか出ていない
苦労人でした。
母は家事を一切しない人で、すべて父が掃除、洗濯、料理、風呂、子育てを仕切ってやっていました。なおかつ仕事もして働き者でした。
母は結婚する時、「私は家事が一切できません」と告げていたそうなので。
好きな映画を見に行っている母に、父は弁当作って届けたり、お琴のお弟子さんの
下駄を数えてご飯の支度をしたり、炊きたてのご飯しか食べない母には炊きたてを
食べさせて、父と僕ら子どもは冷や飯を食べてました。
おかずだって、まず母が一番いいところを取り、残りを皆が食べる…という感じで。

すごく先進的な家族と申しましょうか。その頃昭和20~30年代は、
まだ女性の自立なんて社会が認めていなかったのではありませんか。

幼稚園に上がる前くらいの頃。幼稚園に早く行きたいと言っていたが、実際に行ったら1日で辞めてしまった。
自立とはちょっと違うんですけどね(笑)、たんに何もしなかった。
母が入院して病院食はまずいからイヤだと言えば、父が三食とも弁当を作って持って行ったり、ちらし寿司が食べたいと言えば、今みたいにレトルトがありませんから、朝早く魚を買ってきて、酢飯を作り、しいたけ、竹の子、れんこんなどに味をいちいち変えて煮込む、など手をかけていました。
本当に世話好きでマメでした。そういう父とは対照的に、母は何もせず、朝は起こされるまで寝ていたし、子どもとしてふるまっていました。箏の腕前はありましたが、箏以外はまるで子どもでした。

そういうお父様がいらしたご家庭は多かったと思いますが、お母様がそういう タイプでいらしたご家庭は無かったのではありませんか?
そうですね。ですから僕は母に育ててもらった覚えがないんですよ(笑)。
一言もああしろ、こうしろなんてことは言われなかったですし。
成績が良くても悪くても無関心だったですね。
父は逆に色々言いましたし怖かったです。よく怒られていましたから。
何しろどんなことで怒られるかわからないんです。例えば、僕が弟と将棋をしている
のを笑って見ていたと思ったら、次の瞬間「そんなくだらんことすぐやめろ!」と引っぱ
たかれたりしていましたから。理解不能です。
そういうおかげで、僕は落ち着きのない子になってしまった(笑)。




 

次回予告!

社会起業家 安田祐輔さん

次回は、社会起業家の安田祐輔さんが登場。不登校・中退者の進学塾「キズキ共育塾」は、発達障害・うつ・ひきこもり…暗闇にいる多くの若者たちが一筋の光を求めて来る。幼少期から傷だらけの過去を財産に、自身の道を切り拓いてきた安田祐輔さん。これからの教育とは?新しい事業とは?じっくりお聞きしました。どうぞお楽しみに!

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