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子供の習い事トップ > ブログ・コラム・特集 > シリーズ・この人に聞く!第126回 > 1

メダルへの期待が高まる競泳パラリンピアン 山田拓朗さん

山田 拓朗(やまだ たくろう)

1991年4月12日生まれ。兵庫県出身。株式会社NTTドコモ人事部厚生担当。3歳からスイミングスクールへ通い始め、小学3年生から選手コースに。2003年パラ水泳の国内最高峰「ジャパンパラ競技大会」に初出場し、4種目中3種目で優勝、2種目で大会新記録を樹立。2004年13歳で史上最年少としてアテネパラリンピックに出場。2008年北京パラリンピックに出場し、100m自由形5位入賞。400m自由形、200m個人メドレーでアジア新記録を樹立。2010年筑波大学へ進学し水泳部所属。2012年ロンドンパラリンピックに出場し、50m自由形で4位入賞。2014年NTTドコモに入社。「アジアパラ競技大会」に出場し、50m自由形、100m自由形、200m個人メドレーで金、100m平泳ぎ、100mバタフライ、400m自由形で銀と、計6個のメダルを獲得。2015年世界選手権に出場し、50m自由形で銀メダルを獲得。2016年リオ・デ・ジャネイロパラリンピック出場内定。 »  山田 拓朗 公式サイトはこちら

サッカーより水泳が性格に合っていた

弱冠25歳で4回目のパラリンピック出場という快挙は史上初です。子ども時代のことをまずお話し頂けますか?

3歳から地元(兵庫県)のスイミングスクールへ通い始めました。自分では覚えていませんが、水が苦手でシャワーの水が顔に掛かるだけ大泣きしていたそうです。スイミングスクールは頑張れば進級してワッペンもらえるのがうれしかったですし、新しい泳ぎを覚えるのも早かったので楽しかったですし、気づけば泳ぐのが大好きになっていました。

お母様が「できないことはない」と育てられたエピソードも何かで読ませて頂きました。こんなこともできる!という体験の積み重ねが自信につながった?

小学校時代は紐靴を器用に結びましたし、掃除の時間になれば蛇口に雑巾を引っかけて絞ったり。右腕だけですが、左腕が使えないハンディを感じることはありませんでした。基本的に何でもできますし、それほど困ることはありませんでした。

学校やスイミングスクール、サッカークラブなど、どこに居ても負けん気を発揮して誰よりも努力してこられたのでは?

負けん気が強いわけではありませんが、新しい世界に飛びこみたい、もっと先に行きたい…という気持ちはあったかもしれません。幼稚園卒園の頃には4泳法できるようになっていました。

水泳以外には、何かスポーツをされていたのですか?

地元では有名な強豪サッカークラブにも入っていました。そのチームのコーチが体育の先生をするという幼稚園に通っていたのですが、僕はサッカーに全然興味が無く、コンタクトスポーツも性格的に好きではなかった。水泳の方が僕の性格に合っていたのでしょうね。基本的に皆で何かをするというのが好きではないのかもしれませんね。

小6で初めてパラリンピック金メダルを見て憧れ、13歳で世界最高峰の舞台を踏んだ。(C)NTTドコモ

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