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立川こはるさん

立川 こはる(たてかわ こはる)

1982年生まれ。東京都港区出身。青山学院中等部・高等部を経て、東京農工大学農学部へ進学。卒業後に大学院へ進むも1年で中退し、2006年3月立川談春に入門。前座名「こはる」2007年1月朝日いつかは名人会で初高座「道灌」。2012年6月二つ目昇進。女性の落語家が少数の中、ひときわキレのいい話しっぷりで異彩を放つ。談春門下の一番弟子として活動中。»  立川 こはる 公式サイトはこちら

都会の虫好き少女はリケジョに成長し…

コロナ禍でも積極的に落語会、独演会を開催されていますね。

落語会は主催者、地域の呼びたいという方が声を掛けてくださってお引き受けするのが多いのですが、コロナ禍の今はなかなか呼ばれません。お呼びが掛からないと仕事はゼロ。でも立川一門は寄席に入っておらず、早い段階から自分で会場を借り、お客さんを集めて独演会をしなさいという育てられ方をします。仕事がなくとも自分で企画してお客さんを集めて独演会をする。いわば野球場に呼ばれるスター選手ではなく、自分で草を刈って野球場を作るところから始める草野球のようで強いんです。

港区にご実家があるとか。都会のどまんなかでお育ちですが、サラリーマンのご家庭で?

父はフリーの自営業。家で仕事をして現場へ出かけるような仕事でした。2つ下の妹がいて、習い事好きな母に言われてピアノ、プール、KUMONなど素直に通っていました。子どもの頃は遊ぶか勉強するかしかなかった。理由があって結果がある。こう思うからこうなる…というような考え思考する概念が、中学受験する頃からおもしろくなってきた。通っていた公立小は半分くらい受験して私立に行くような学校でした。中学受験をして私立青山学院に進学し中高6年間過ごしました。算数が得意かといえば意外とそうでもなく物語文が苦手。じゃあ、なぜ落語家をやっているんだ?って話ですがね(笑)。22歳まで青山の実家住まいで、大学院進学と共に一人暮らしを始めて、その後中退して落語家になりました。

落語家さんはどの方も生き方がユニークですね。どうして落語が好きになったのですか?

小さな頃から明治神宮や青山墓地、根津美術館という自然豊かなスポットで昆虫採集をする大の虫好き。生物の研究をしたくて大学は外部受験し、東京大学は落ちて、東京農工大へ進学。図鑑が大好きで、新種を見つける博物学を勉強するつもりでしたが、入学後に勧誘されるまま落語研究会へ入部。「落語」と言われずラーメンをご馳走してくれて、付いていった先が落研の部室。大学に入るまで落語を知らなかった。20年ほど前、落語自体それほど認知されておらず、昭和のお爺ちゃんが聞くような固いモノというイメージでした。

目指したのでなく成り行きで落研入部とは、おもしろいですね。

受験勉強の時に聴いていた深夜ラジオのお笑い番組や、しゃべりには興味があったので落研に。1学年5人ほどしか部員はおらず、私の年は私を含め3人入部し、1年で2人辞め。1人残ったわけですがクラブ活動継続のために残りました。鑑賞する、聴くだけの落研ではなく、落語をやらなくちゃいけなかった。古典落語を覚えさせられて、全然わからなかったですが、先輩に勧められ五代目柳家小さん師匠の「道具屋」をまず最初に覚えました。与太郎がおじさんに言われてガラクタを売りに行く話です。耳から聴いて、書き起こし、覚えて。首をこっちに向け、あっちに向けと、セリフの役割分担なども先輩に教わりながらやりました。それでも1年くらい興味がなく、予備校講師、家庭教師、Z会の添削などのアルバイトばかり。人とコミュニケーションを取ってしゃべらないといけませんので、理系で生物が好きで勉強ばかりしていたもので考えることは得意。落語も、先生も、全部相手を見て伝えなくてはいけない。そういう伝え方は大学に入ってから初めての経験でした。理系の思考回路で落語家になった人はあまりいないと思います。

しゃべりのセンスを磨くという意味でも、落研とアルバイトが最初のステップだったのですね。予備校で教えていた科目は何を?

個別指導は小学生対象で全教科。個別にはいろいろな特性を持つ子がいたので勉強より、コミュニケーション重視。私自身は小学校時代、塾やKUMONへ通っていましたが、机に向かって勉強させられるのは嫌いで、興味が湧いたことだけ勝手に勉強していました。小学生時代は理科と社会が好きで、受験では点数にならないんですが大人になってから役に立ってます(笑)。

故・談志師匠には一年以上、女性だと気づかれなかった。

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次回予告!

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