自然豊かな環境でどっしり構えて作品に取り組む一方で、子育てもとてものんびりとした親子関係に見えます。清代さんのお育ちになった家庭環境もそうでした? そうですね。娘とはお腹にいたころから相性がいいと言われていて、赤ちゃんの頃から困ったことがなくて基本的には快適です。今は作品の中で女の子を描くと娘になります。昔描いていたのは幼かった頃の自分でしたから。娘はハサミの使い方が突出してうまくて、これは私の父がテーラーメイドの紳士服を仕立てる職人だったことも影響しているかも知れません。中1の頃に母を病気で亡くして、父は男手ひとつでお弁当作りを始め家事全般を器用にこなしていた人でした。 早くにお母さまを亡くされて大変でしたね。やはり器用さは受け継がれます。小学校時代の清代さんはどんなお子さんでしたか? 基本的におとなしいのですが、内心すごく自信満々な子で、案外と人気者タイプでした。小学3年生の時に転校を経験しましたが、テレビで「転校生はいじめなど大変だ」という話題があり憂鬱だったんですが、転校してみたらまったくそんなことはなくて。絵を描くと皆が上手!と喜んでくれて、それでまず「絵の描ける子」と認められて、学級委員もやりました。でも、運動は苦手でした。 その頃から絵がお好きで、ずっと描いていらした? 描くだけでなく、読むことも好きでした。幼年誌、学年誌の「あさりちゃん」「ドラえもん」、コミック誌ですと「りぼん」。自分で漫画も描いていましたが、小学3年生の時に、売っているような完成度の高い漫画が描けず、あっさりあきらめました(笑)。人生経験もなくてお話しも作れないから当たり前なのですが、イラストレーターという仕事もあるからそっちを目指そうと。 大人びていましたね。漫画以外の本も身近にありましたか? 小学4年生の時に「私の10年後」というお題の作文を書いて、その内容もちょっと大人びていたかもしれません。その頃から小説を読み始めていたことが影響して、ほとんど口語体。作文ですから「ですます調」のはずが、エッセイのような小学生らしくない文体でした。「お酒はたしなむ程度に。のんべえにはなりたくない」とか「タバコはぜったいに吸わないつもり」「その頃、親は*歳だ」なんて他愛もない話でしたが。そうした作文でも、「生意気なんだよ~」とか言いながら、直さず自由に書かせてくれる先生でした。5年生に上がる時の新担任からは、「お前が田中か、良い話いっぱい聞いてるぞ」と(笑)。 |
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