もりちよこ 作詞家。「パンパパ・パン」「たこやきなんぼマンボ」「ドコノコノキノコ」「回れトロイカ」「OK食堂」等おいしい歌から、ケロロ軍曹やおジャ魔女どれみ等のアニメ主題歌、平原綾香、堀内孝雄、タッキー&翼、天童よしみ、北翔海莉、ダイアモンド☆ユカイ、城 南海、速水けんたろう、LEGEND、ペク・チヨン、Hellow!Project等幅広く作詞。映画「サウンド・オブ・ミュージック」全曲の日本語吹替詞を担当(ドレミの歌を除く)。絵本「コイシテイルカ」(さかなクンと共著)が出版されている。韓国でも作詞家として活動中。» もりちよこ 公式Twitterはこちら もりさんは作詞家としてNHK 「おかあさんといっしょ」 の歌をたくさん手掛けられています。音楽の道に進まれたきっかけは何でしたか? ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)というアマチュアコンテストに大学時代に出場し、賞を頂きました。中島みゆきさん、チャゲ&飛鳥さんなど多くのミュージシャンを輩出したいわば登竜門です。学生時代からシンガーソングライターとしてギターを抱えて歌う一方で、早稲田大学合唱団に所属し混声合唱で歌っていました。母がコーラスをしていたのでその影響も受けて、歌うことが小さな頃から大好き。小学生の頃は西宮少年合唱団で歌っていました。 生粋のコーラスガールなのですね。もりさんの歌はフレーズがリズミカルでとても耳に残ります。子ども時代は合唱のほかの習い事や、好きで続けられていたことは何かありました? 小4から入団した合唱団も相当忙しかったのですが、ほかにもたくさん通っていました。ピアノ、お習字、お絵かき、ジュニアミュージカル。一番心に残っているのは音楽との出会いでした。もう一つ、小3の時に担任の先生から「童話や小説を書いてごらん」と勧められて、楽しくて夢中で原稿用紙に物語や絵を書いていました。世界で一つだけの作品ができ上がると、母が原稿用紙を束ね、キリで穴をあけて紐で綴じ、仕上げにきれいなリボンを掛けてくれるのがとってもうれしかった。 創作と合唱。今のお仕事に全部つながっているように思います。ご家庭にそうした環境がおありでしたか? うちは薬局を営んでいたので、両親とも働いていて忙しくて、家にお手伝いさんがいました。母は本をたくさん読んでくれました。私の小学校の頃の夢は「大きくなったら文学者・もりちよこになりたい」でした。幼少期に病気をして、薬の副作用で顔がむくんでしまった私は、あまり外交的ではなく内に籠るタイプでした。 ご病気された時間も、想像力を膨らませるエネルギーとして蓄えられたのですね。歌と創作と出会えて、今の原型がその時代に詰まっているようです。 今思うと、歌を書く仕事にたどり着いたのは、小さな頃から歌が好きだったことと、創作童話を楽しんで書けたことが原点となっている気がします。母が私を抱っこして、本を読んだり歌ったりしてくれたこと。その時の、胸に籠った声と、甘い香りは記憶に残っています。習い事の中で、ピアノは苦手でしたが合唱団で歌うのは好きでした。中学2年生頃からは、ギターやピアノの弾き語りを始めました。 |
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