考え、文字に残し、そして語り合うこと・・・
今週の作文研のテーマは「歌のない国」
歌のない大国に一人の詩人がやってきて、国民のために「ちいさくて愚かしい歌」をこしらえた。
そうすれば、小径に歓びがあふれ、炉辺には幸いがおとずれるだろうと、詩人は思っていた。
しかし、日々の仕事に倦み疲れた人々は、「こんな子供だましの歌とざれている暇はない。近ごろの商業の発展ぶりがわかっていない」と、詩人の歌を拒絶する。
詩人は、「ああ、この人たちは悪魔に魅こまれてしまっている」と泣いた。
といった内容の話。
この話から、歌の持つ役割とは何か・・・歌は我々に何をもたらすのか・・・自分にとって、社会にとって、国家にとって歌とは何か・・・を、考える。
今回のテーマは、三年生にもわかりやすく、かきやすいテーマでした。
いつの時代のどんな国かは、具体的にはあかされずとも、大変身近に感じられる、ある種普遍的なテーマでありますから・・・。
太一の作文の冒頭箇所。身近なテーマ故、すらすらと言葉が沸いてきたふうな印象・・・。
「歌がない国は、いつも、人の心がたがやされていないさびしい国になると思います。歌とは、人の心を豊かにするもの。歌がなければ今のぼくたちだって、このわだいをとりあげていないでしょう。どこでも歌、音楽は、字はつかいません。歌、音楽は、英語よりすぐれた、「きょうつうご」なのです。そんな歌、音楽がぼくは、大好きです。・・・・・・・・・・・」
と、ここから、具体的な話にどんどん展開していき、最後は、太一と同じクラスの音楽ぎらいの女の子の批判にいたっていってしまいました。
とっつきやすく、普遍的な大テーマ。そして、勢いのある書き始めをせっかくしていたのに、後半は、非常に小さな世界の、個人攻撃的なエゴイスティックな文章になっていました。
それでも、先生は、この文章を受け入れます。あえて、否定するようなことは、いいません。
ある意味、学校の作文の時間では、あり得ない文章なわけで・・・。太一も、学校ではおそらく、絶対書いてはこないでしょう。自覚はしていると思います。最後は、学校の宿題の日記にも書けない、自分のかかえているストレスを素直に吐き出した文章になっていたのです。
音楽嫌いで登場するその一女子とは・・・。
一年生の時から、太一を追い掛け回し、断っても断ってもつきまとい、太一を泣かせ続けている子です。
この3年間見てきていますが、度を越した過剰な愛情。幼子の後追いに似た感覚。誰が、何を助言しても、態度はまったく変わりません。非難されても、気づくこともない。(と、書けば書くほど、そんな子っている?と思われるでしょうが、ほんとに不可思議な子どもでありまして)
他にも様々な問題のある児童ですが、それでも太一は、ずっと耐えるしかないまま、今日まできました。
一クラスで6年間をすごす小さい学校。残りあと半分も、クラスメートとしての生活は続きます。
先生方も、親の私も、他のクラスメートも、一番穏やかな形で、太一をサポートすることしかできずにいます。
いじめとか、いやがらせとかではないですから・・・あくまで「好き、大好き」といった感情がおさえられずにいるといっただけの状態なので・・・。悪いことをしているわけでないといえば、ないわけで・・・。
結局、太一一人が、この件に関しては、多大なストレスを抱えているのが現状。
といったわけで、そういう意味では、今回のこの作文。
背景を知らずに、単純に文章だけ読むと、底意地の悪い小学生が、嫌いな個人を批判攻撃する悪文ととれるのですが、そんな単純なものでなく、自分の心の闇を吐露するすべを、少しづつ練習できているように私は、感じてしまいました。
作文研の先生も、そんな内情は知らないでしょうが、それでも、その闇を感じ取っているのか、吐露する部分は、どんどん吐露させてくれます。
私も、まずは太一に、お腹の中身を吐き出すだけ吐き出せてやりたいし。
溜め込みすぎて、おかしな方向に走る前に、心の闇は、小出しに出せるようにしておくのは大事なことですから。もともと、そういうことが得意なタイプではないわけだし。
これから先、人生、こんなことの中で戦って生きていかなきゃならないですし。
で・・・・
帰宅後、太一の作文を読んだ後、彼とひとしきり話しをしました。
書いてくれれば、こうして話をするチャンスも増えますからね。彼の本音をふまえて・・・。
「まあさ、大人になればさ、もっともっと合わない人間と、日々働かなきゃならない環境増えるしさ。
○○さんが、トレーニングさせてくれてるようなもんだよ。しかも、好きでいてくれて、こうしてくれてるんだからさ。ぜんぜんいいほうなんだしさ。」
などなど・・・。なんだか、上手でないフォローではあるものの、母子向き合って、こんな話ができるのも、
この作文研で、テーマはなんであれ、太一自身が、考え・・・それを文字にあらわし・・・それを読むことによって、ともに語り合えるわけです。
母とはいえ、悩みの解決法・・・正しい対処を教えてあげられるとは限らないですが、正解のない、答えのでない問題を、ともに考えていけるということが、まず一番大事なことなのでしょう。
と、いうわけで・・・・。
やはり、ものを書けるって・・・すばらしい・・・。
歌のない国もいやだけど、言葉のない人生も辛いでしょうね。
なんだか、うまくしまらないまま、本日はこれにて~~!!
hamumi
2007 年 2 月 26 日 8:34 PM
hamumiさん、すごいな!太一兄さんの作文は
ちゃんと自分の言葉で、心を伝えているよ。
3年生で、これだけ言葉を使えるのは素晴らしい。
そして、嫌な体験かもしれないけれど
体を通して心で感じていることを文字にできるって
人に伝えられるのは、やっぱりスゴイこと。
そのクラスの女子は、太一兄さんが好きなのに
音楽は好きでないんだね。好きな人と一緒のものを
好きになることから、関係が始まるんだと思うの。
それじゃないとストーカーになっちゃう。(^_^;
でもまあ、幼い二人のこと。
この作文教室は、ある意味「自己開示」の手法を
身につけられる貴重な場だね。あたしも通いたい
くらいでーす!
2007 年 2 月 27 日 10:04 PM
ははは、みちくささん、実は私も通いたいんですけどね(^^)まあ、私なんかは、このブログが、役目果たしてくれてるかな?これからも、よろしくでっす!!
2007 年 3 月 3 日 11:05 PM
太一に〜さん、相変わらずすごいなぁ。
頭も心も、絶対アタシより大人ですワ。
文章でも絵でも、それこそ「歌」や音楽でも、自分から
生み出すって大事だよね。
自分の心が溶け出すような気がね、私はする。
そういうことができて、他人のこともわかってくるのか
もしれないなぁ、とかね。思う。
良いお教室にめぐりあえて良かったねぇ♪
これからも聞かせてね!