2007 年 2 月 のアーカイブ

考え、文字に残し、そして語り合うこと・・・

2007 年 2 月 25 日 日曜日

今週の作文研のテーマは「歌のない国」

歌のない大国に一人の詩人がやってきて、国民のために「ちいさくて愚かしい歌」をこしらえた。
そうすれば、小径に歓びがあふれ、炉辺には幸いがおとずれるだろうと、詩人は思っていた。
しかし、日々の仕事に倦み疲れた人々は、「こんな子供だましの歌とざれている暇はない。近ごろの商業の発展ぶりがわかっていない」と、詩人の歌を拒絶する。
詩人は、「ああ、この人たちは悪魔に魅こまれてしまっている」と泣いた。

といった内容の話。
この話から、歌の持つ役割とは何か・・・歌は我々に何をもたらすのか・・・自分にとって、社会にとって、国家にとって歌とは何か・・・を、考える。

今回のテーマは、三年生にもわかりやすく、かきやすいテーマでした。
いつの時代のどんな国かは、具体的にはあかされずとも、大変身近に感じられる、ある種普遍的なテーマでありますから・・・。

太一の作文の冒頭箇所。身近なテーマ故、すらすらと言葉が沸いてきたふうな印象・・・。
「歌がない国は、いつも、人の心がたがやされていないさびしい国になると思います。歌とは、人の心を豊かにするもの。歌がなければ今のぼくたちだって、このわだいをとりあげていないでしょう。どこでも歌、音楽は、字はつかいません。歌、音楽は、英語よりすぐれた、「きょうつうご」なのです。そんな歌、音楽がぼくは、大好きです。・・・・・・・・・・・」

と、ここから、具体的な話にどんどん展開していき、最後は、太一と同じクラスの音楽ぎらいの女の子の批判にいたっていってしまいました。

とっつきやすく、普遍的な大テーマ。そして、勢いのある書き始めをせっかくしていたのに、後半は、非常に小さな世界の、個人攻撃的なエゴイスティックな文章になっていました。

それでも、先生は、この文章を受け入れます。あえて、否定するようなことは、いいません。

ある意味、学校の作文の時間では、あり得ない文章なわけで・・・。太一も、学校ではおそらく、絶対書いてはこないでしょう。自覚はしていると思います。最後は、学校の宿題の日記にも書けない、自分のかかえているストレスを素直に吐き出した文章になっていたのです。

音楽嫌いで登場するその一女子とは・・・。
一年生の時から、太一を追い掛け回し、断っても断ってもつきまとい、太一を泣かせ続けている子です。

この3年間見てきていますが、度を越した過剰な愛情。幼子の後追いに似た感覚。誰が、何を助言しても、態度はまったく変わりません。非難されても、気づくこともない。(と、書けば書くほど、そんな子っている?と思われるでしょうが、ほんとに不可思議な子どもでありまして)

他にも様々な問題のある児童ですが、それでも太一は、ずっと耐えるしかないまま、今日まできました。
一クラスで6年間をすごす小さい学校。残りあと半分も、クラスメートとしての生活は続きます。

先生方も、親の私も、他のクラスメートも、一番穏やかな形で、太一をサポートすることしかできずにいます。
いじめとか、いやがらせとかではないですから・・・あくまで「好き、大好き」といった感情がおさえられずにいるといっただけの状態なので・・・。悪いことをしているわけでないといえば、ないわけで・・・。

結局、太一一人が、この件に関しては、多大なストレスを抱えているのが現状。

といったわけで、そういう意味では、今回のこの作文。
背景を知らずに、単純に文章だけ読むと、底意地の悪い小学生が、嫌いな個人を批判攻撃する悪文ととれるのですが、そんな単純なものでなく、自分の心の闇を吐露するすべを、少しづつ練習できているように私は、感じてしまいました。

作文研の先生も、そんな内情は知らないでしょうが、それでも、その闇を感じ取っているのか、吐露する部分は、どんどん吐露させてくれます。

私も、まずは太一に、お腹の中身を吐き出すだけ吐き出せてやりたいし。
溜め込みすぎて、おかしな方向に走る前に、心の闇は、小出しに出せるようにしておくのは大事なことですから。もともと、そういうことが得意なタイプではないわけだし。
これから先、人生、こんなことの中で戦って生きていかなきゃならないですし。

で・・・・
帰宅後、太一の作文を読んだ後、彼とひとしきり話しをしました。

書いてくれれば、こうして話をするチャンスも増えますからね。彼の本音をふまえて・・・。
「まあさ、大人になればさ、もっともっと合わない人間と、日々働かなきゃならない環境増えるしさ。
○○さんが、トレーニングさせてくれてるようなもんだよ。しかも、好きでいてくれて、こうしてくれてるんだからさ。ぜんぜんいいほうなんだしさ。」
などなど・・・。なんだか、上手でないフォローではあるものの、母子向き合って、こんな話ができるのも、
この作文研で、テーマはなんであれ、太一自身が、考え・・・それを文字にあらわし・・・それを読むことによって、ともに語り合えるわけです。

母とはいえ、悩みの解決法・・・正しい対処を教えてあげられるとは限らないですが、正解のない、答えのでない問題を、ともに考えていけるということが、まず一番大事なことなのでしょう。

と、いうわけで・・・・。
やはり、ものを書けるって・・・すばらしい・・・。
歌のない国もいやだけど、言葉のない人生も辛いでしょうね。

なんだか、うまくしまらないまま、本日はこれにて~~!!
                                                    hamumi

ユニフォーム(--)

2007 年 2 月 18 日 日曜日

2月野球.jpg

昨年末に、野球をはじめ・・・ゆるういペースで、通っております我が家の長男、次男。

長男は、いつやめるかを、本人考えつつの練習。

次男は、野球好き!と言っているわりに、野球のなんたるか・・・野球がどういったゲームかも、いまだに理解できず・・・コーチに「レフト行け!」と、言われても、どこへ行ったらいいのかわからなかったり・・・。
「ねえねえ、1塁2塁3塁って、セカンド、レフト、サード?」とか、聞いてきたり(--;)

そんな二人が、練習試合ですら、ゲームに参加できる日は遠く・・・(^0^;)
それでも、試合の日は、チームのユニフォームを着用するわけであります。一応、一応・・・ね(^^;)

昨年は、注文が間に合わず、着る機会がなく・・・昨日、はじめて袖をとおすことになったのですが。

これが、なっかなか着られない。どれから、着るのかわからない・・・アンダーシャツや、ストッキングの存在を理解していないため、ひっちゃかめっちゃか(^^;)
厚手のナイロン製のズボンのボタンは、はまんないわ、ベルトはどう通していいかわかんないわ・・・。

「ほれ!集合時間に遅れっちまうぞーー!!」と、追い立てつつ、手助けしつつ・・・。
思えば、私のほうが、汗だくだく・・・みたいな(--;)なんだかなーーー(--;)

で、結局グラウンドでは、立って応援歌歌うだけですから・・・(^0^;)ざんねーん!

ユニフォーム着慣れた頃には、代打かせめて代走くらい、できるようになると良いんですがね(^^)

どんくちゃいだんごらの、この先はいかに(^0^)!

omake:上の写真、右端の輪からはずれてボンヤリこっち見てるのが、我が家の長男(^^;)オイオイ☆

                                                     hamumi

習い事って・・・(--)

2007 年 2 月 13 日 火曜日

このブログを書くようになったので、習い事を意識するようになったとはいえ・・・それにしても、気づけば、毎日子ども三人の習い事でびっしり・・・。

長男が、幼稚園のうちは、週一回月曜日に英語に通っているだけだったのに。

学校に通いはじめるタイミングで、水泳、お習字をはじめ・・・そこからは、勢いついて、ピアノ、野球、作文・・・と、気づけば一週間びっしりになり。

それなりに、もとはとってるくらい、本人的にも、親的にも、充実感やら成果やらも得られ、楽しいっちゃあ楽しいんですがね。ほんとに、こんなんで良いんでしょうかね。

大人になれば、望む望まないにかかわらず、時間に追われる日々がやってくるわけで・・・。

せめて子どもの頃くらいは、ゆったりと流れる時間に、身をまかせるほうが、良いのではないか・・・
そんなことも思ったりもするのですが・・・すでに、長男・・・次男も・・・曜日ごとのスケジュールで動くこの現実。

かといって、何もしないでいたからといって、近所にアポなしで遊べる環境があるわけでなし・・・。
私たちが、子どもの頃のように、学校から帰って、ランドセルを放り投げて、行き先も告げず、家を飛び出していくというシチュエーションは、すでにありえないわけで・・・。

何か、言葉にならない恐怖感というか、切迫感を感じないでもないのですがね。

でも、親は子どものこと考えて・・・なーんて言葉でくくって、子どもに習い事をやらせてやったりするわけです。子どものほうも、それなりに、楽しんだり、勿論その習い事を自分に確実に蓄えていったりしているわけですから、反論もしないし、疑問すらもたない。

と・・・こう書いたところで、じゃあ、今のこの毎日のサイクルを替えることは私もしないのでしょうが・・・。

それでも、この現実。時には、疑問を持ちつつ振り返り・・・。子どもに投げかけ、たまには立ち止まり、考える。それくらいは、せめてしてしておかねばなあ・・・。そう、つくづく感じたりなんかする今日この頃であります。

すぐに、習い事なんざ関係ない歳に、親子ともどもなるのでしょう・・・が、それだけに、ゆっくり感じ入る時間は、自分自身で作り出さなきゃね(--)v

と、今日は、とりとめのない感想なんかを、ぶっちゃけちゃって、これでおしまあい(-0-)☆
                                                    hamumi

想弥スキーで開眼!(*^0^*)

2007 年 2 月 6 日 火曜日

2月湯沢.jpg

昨日月曜は、学校、幼稚園とも代休とあいなりまして・・・日、月と一泊で、NASPA湯沢というスキー場へ行って来ました!!

今までは、ゲレンデでは、私ら親子4人になっても、叔母が行き帰り一緒だったり・・・友人数家族とワイワイ出かけたりのスキー旅行でありました・・・が、しかし、今回は、純粋に私とダンゴ3匹のみの家族4人スキー旅行!2階建て新幹線に乗り込み、いったいどーなるやらの小旅行でありましたが、これがほんと大当たり!えっらい、楽しかったあああ(^0^)

初めて行ったスキー場だったのですが、小規模ながら、緩、中、急、不整地斜面とバラエティに富み、
しかも、スノーボード全面滑走禁止っつーのが、ちび連れにはありがたい!
暖冬のわりには、雪もついていて全面滑走可。天気も、初日は小雪&晴れ間有り、翌日はどピーカン!澄み切った青空のもとの滑走とあいなりました。

ホテルも、ゲレンデ直結で、超便利!プールみたいな広いお風呂(ジャグジー&サウナ、露天風呂もついている)も、ポイント高!お部屋も、洋+和室で広々快適!お料理も、品数膨大バイキング。ニューオータニ経営なので、味もそこそこ安心です。

スキー場、ホテルともに、ピングーがメインキャラなため、あちらこちらにかわいいピングー有り。
ホテル内無料使用可のキッズルームは、ピングーパラダイス(^^)滑り台やら、おもちゃやら・・・大小ピングーのぬいぐるみもころがり、更にピングーのビデオが延々ながされている・・・。

肝心のスキー滑走のほうはといえば・・・。
上2人は、奴らだけで滑らせておいても、一箇所に戻ってくるゲレンデの作りなため、非常に楽。
想弥を、1時間半のキッズレッスンに、両日ぶちこんだため、私も、久々、一人スキーを満喫!!
年甲斐もなく、こぶ斜面を攻めてきました(^0^)空いていたんで、整地斜面では、かなりのハイスピードで快感度の高い滑走もできたし・・・。各々好き勝手滑れた太一と、リキと私は、大満足!!

で・・・・キッズレッスンでチマチマやらされた想弥は・・・。

その他の時間は、ソリをつきあってやったり、ミニかまくらつくったり、雪合戦したりと、一緒に遊んでやったので、喜んではいたものの・・・。
やはり、リフト登って、滑らせたいじゃああーりませんか。

帰る2時間ほど前・・・無理くりリフト上に連れて行き、私の股にはさんで滑ってたのですが、すでに文句タラタラ・・・。くっ、どーしたもんか・・・と、私も半ばあきらめてたのですが・・・緩い斜面で、ためしに一人で滑らせてみたら・・・・!!!あれ!!!なんだよ、君、一人で滑れるじゃんよ!!

その後、5本ほど連続でリフトにのり、みるみる上達(^0^;)あれよあれよの間に、すっかり長距離、ばんばん滑れるようになっちゃいました。なんか、突然の開眼に、本人もびっくり!
「スキー楽しくなっちゃった。ひとりですべったほうが、気持ちいいし」とのこと(^^)

やれやれ、これで私も、更に楽になりました。
チマチマしたキッズレッスンでしたが、歩いたり、わっかくぐったり、ジャンプしたりの練習は、無駄ではなかったのですね。やはり、確実にスキー板、スキー靴の扱いに慣れ、良いポジションで板に乗れるようになったのだと思います。去年からの地道な練習が、ついに実を結んだわけです!!

そう、上の写真は、何をかくそう三男坊の華麗な??ボーゲンだったのですねえ(^^)V

今回は、1月末のリキト、3月の太一、想弥のそれぞれの誕生日プレゼントとして、スキーに連れて行ってやったのですが、その実、私自身が一番のプレゼントを貰ってしまったのかもしれませんな。

やっぱ、スキーは最高じゃあ~~~あ(^0^)/
hamumi

再び作文研へo(^o^)o

2007 年 2 月 2 日 金曜日

本日より、冬休み通った作文教室・・・正式には、作文研究所(作文研)の通常教室へ通うことになり、行ってきました。

授業前、私も先生と20分ほど初めて歓談。やはり、面白い!!学校にも、塾にも・・・もちろんその辺にもいないタイプの、様々な切り口を持った方です。まあ、ややくせは強いので、なじめない人もいそうな気はしますが・・・でも、基本的に、気さくでユーモアのある方なので、嫌味はないかな・・・。

20分の間には、我が家の背景の話にもなったり・・・。太一を知っていただく為にも、避けられない話題ですから・・・というか、冬休みの最後の授業で、太一自らが、作文に父親の死についてを言及していたため、先生もすでに知っていたし。

そんなこともあったため、思い切って、私が以前出版した本・・・手記をまとめたものですが・・・これをを持っていったところ、大変興味を持ってくださり、その場で早速目をとおしてくださり・・・。

「いいねえ、この本。人間悲しいときに書いた文章が、一番いいんだよ。うれしかったり、怒ってたりするときより、ほんとはずっといいもんが書けるものなんだ。」
なんていう不思議なコメントももらいました。
「これからも、もっと書こうぜー。」と、そそのかされたり・・・。

でも、私、今すでにあんまり悲しいことないしなあ・・・書くとしたら、面白ろおかしいこと書いちゃうしなあ・・・。前記のはじめのコメントからすると、いいもんは書けそうにないな(^^)なんてね。

と・・・私のどうでもいい話は、さておき・・・。

今日の教室のテーマは・・・・。

「女は出産の機械」

そうです、れいの柳沢厚生労働大臣のあの発言について。
この教室では、物語や小説のみならず、時事問題なども、よくテーマになるそうです。
子どもたちに、事件や事故、その時々に起こった問題を、多面的、客観的に、時には冷静にとらえられる力をつけることが目的らしい。どんな事象に対しても、自分なりの意見、考えをもてるようになることの重要性を、常々訴えているようです。

なので、このテーマでありながら、先生のはじめの投げかけは、以下のような内容でした。

野党女性議員が、猛烈にくいつき、世間的には、ほされぎみの大臣のこの言葉ですが、
「大臣として彼のこの発言は、勿論ふさわしくないのだが、よく考えてみると、本当に人間は機械ではないといえるのだろうか?人間は機械とは違うのだろうか?
医学が進歩し、人口心臓、人口の腕、人口血液、人口の目、腎臓移植、整形手術、入れ歯・・・。
人間の交換部品のようなものがあふれ、だめになった人間の一部をその部品に挿げ替えていく。
「病気にならないからだ」をめざす・・・というのは、人間が限りなくロボットに近づいているのではないか。
そう考えると、女の人と同じ働きをするロボットというのも可能なのではないか?
現に、自分以外の卵子と見知らぬ男性の精子を体に埋め込み、高齢で出産する女性もいる。代理母もいる。これは、母親のお腹を出産の部品として使っているということにもなる。
よって、大臣の発言は、学術的には間違っていない。
現代の事例、現象を素材として、君たちはどう考えるか?
この発言だけでなく、人間のあり方、今後の科学技術の行方などもふくめて、考えてみよう。」

と、こうです。

さて、これに対して、太一の書いた作文の中身とは・・・。

ぼくは人間を機械と一緒にしてはいけないと思う。
人間は、常に自然と一緒でなければいけない。
自然と一緒でなければ、心があせって、あげくのはてに間違える。
しかし、自然と一緒であれば、心が落ち着き、やすらぎ、間違えない。
ぼくは、人間が機械といった発言に、反論する。
人間が機械化したら、自然を壊し、破壊するであろう。いずれ、地球を壊し、他の星にいくかもしれない。
ぼくは、こんなのはぜったいにいやだ。これ以上地球をこわすのはやめて。

と、ざっとこんなかんじでした。

実際の文体や構成は、もっとつたないものですが、提議された内容が8歳の子どもには、難しいもの・・・であるのに、ひとつの事象に、これだけ自分の意見をはっきり提言できることは、褒めてやりたいところです。

はじめの先生との歓談でも「太一、ありゃすげーな。究者タイプだよな。最近ああいうタイプ減ってんだよ。減っちゃって残念に思ってたとこなんだよ。かわってっから、おないどしのクラスの子とかとはなじめないかもしんないけど、まあいいんだよ、あいつはあのまんまで大丈夫だろ。」
なんて、言われてました。

この作文研に行かせる前には、あんなんで大丈夫なんて言われても、えーまじっすかあ・・・と、言ってたと思いますが、実際、彼の文章を読むと、今まで知らなかった彼の一面を垣間見ることができ、私自身彼を見る目が、やや変わってきたように思います。

なにより、教室が終わって、彼の文章を読むことが楽しみになっている私がいます。
母として、子の書いたものをチェックしようというより、ある作家の次回作を心待ちにしている心情に近いものがある。それだけ、彼の文章にひきこまれているかんじがあるんですね。

こんな気持ちになるなんて、教室にいれる前は想像だにしてませんでしたからね。
お粗末な日記に、ため息ついてたんですから。

この教室のパンフレットの一文に、こんなくだりがあります。

人が文を読むのは、事実を正確に知る・・というだけではない。その人の「文の持つ魅力」を読むのだ。
魅力ある文は、魅力ある書き手から生まれる。
だからこそ、魅力ある人間にならねばならない。

ちょっと前まで、母の私にはわからなかった魅力を太一は、持っていたのかもしれません。
それが発見できただけでも、うれしい母であります。

勿論、まだまだまだまだまーだまだあまっちょろい男ですが・・・これから、もっともっと自分を深めて
魅力ある人間になっていってほしいものです。
母としてでなく、太一の作品の一ファンとしても、切にそう願うところです。

                                               hamumi